暇潰し備忘録

気まぐれに更新する何でも日記

最後のニジカノ小説その1

お久しぶりです。存外早く仕上がりましたのでニジカノ小説の投稿です。
カノジョ達の事をお忘れの方も多いと思うので(自分も久しぶりすぎて過去話を見返して書きました)うちの子達の懐かしの画像を挙げておきます。

イメージ 1

今回のメインとなるニジカノ、有子と書いてアリスです。

イメージ 2

それと大暴れするのが星凪になります。
後半追加の二人に焦点を当てて書こうとした結果いろいろ大変な事になっていますが、いつも通り一発書き、ノリと勢いで仕上げていますので気楽に読んでください。

長めのものが二話あります、それでは、始まりです。


ニジカノの追想・有子編
 九条寺有人がこの依頼を引き受けたのは、昨年の十月の事だった。
 トラスト探偵事務所、信頼の名を冠したこの事務所は、地元密着型の小さな依頼に応える平和な事務所だった。所属探偵は6名、住宅街に小さな二階建ての建物を構え、一階エントランスは近所のおばさま方の井戸端会議に使われる。依頼内容のほとんどが浮気調査と逃げ出したペットの捜索。ドラマでよく見る様な殺人事件に関わる事などなかった。
 そんな事務所に、ある日鹿賀春江という女性が訪ねてきた。
「旦那が行方不明になって二か月が経つのですが、何の手がかりもなく、警察には捜索を打ち切られてしまったのです」
 春江夫人は出されたお茶に一口もつけず、緊張状態が続き酷く疲弊している様子だった。
 彼女の夫、鹿賀秋彦が行方不明になったのは、八月十一日の事。夏休みという事で、最近知り合ったという友人達と川釣りに行くと出かけた。日帰りのはずだったが夜になっても帰宅せず、次の日の夜になっても帰っては来ず、電話にも出なかった為、夫人は警察に連絡をした。共に釣りに出かけた友人五人のうち、旦那を含め二人が帰宅していない事が判明した。夫人はもう一人の行方不明者の家族と共に届を出し、警察も事件性有りとして捜査していたが、一向に消息は掴めず、先日捜索を打ち切る方針となった。
 行方不明の理由に心当たりは、と尋ねると、何度も同じ質問を受けたのだろう、小さく溜め息を吐いてから話し出した。
「浮気して相手と逃げたんじゃないかとか、あたしと居るのが嫌になって出てったんじゃないかとか、いろいろ言われました。ですが、夫とは可もなく不可もなく、離婚なんて考える間柄でもありませんでしたし、当日も前日も、それ以前だってどこも変わった様子はなかったんです。一緒に釣りに行った人たちは全員警察が確認を取って、不審なところはないと言われました。ですが、夫と一緒にもう一人行方不明になっているんです、何か事件に巻き込まれたとしか思えません!」
 夫人が声を荒げる。同じ室内にいた他の仕事をしている所員も、只事ではない様子にこちらを気にし始めた様だった。
「……分かりました。どれだけお力になれるか分かりませんが、ご依頼を引き受けさせて頂きます。喉が渇いていませんか? まずは一服してください」
 促すと、ようやく夫人はお茶に口を付けた。三島が差し出した茶菓子のクッキーも手に取ったが、あまり食欲もない様で、ゆっくりと少しずつ咀嚼している。
「アリヒトさん、また所長に通さないで依頼引き受けて……」
「この依頼なら所長も間違いなく引き受ける、大丈夫だ」
 耳元で文句を言う三島に、小声で返す。通常なら依頼内容を精査し、所長の許可が出てから引き受けるのがルールなのだが、これは急を要す案件だと判断した。
「報告書わたしに押し付けて調査に行かないで下さいね、新米であまり依頼任せてもらえませんが、お茶出しとか、買い物とかで忙しいんですからー」
「今回は自分で書くよ。……お前に任せられるような案件じゃない」
「う……書類持ってきますね……」
 珍しく真剣な俺の表情に気圧された三島は、そそくさと手続き用の書類を取りにこの場を離れた。
「では、鹿賀さん、どんな些細な事でも構いません、行方不明当日の状況を話していただけますか?」
「はい……」
 夫人は、多少落ち着いた様子でその日の事を語り出した……。

「不明人の捜索依頼か。我が所が出来てから引き受けた事がない案件ではないが、警察もお手上げ状態となると、一筋縄ではいかないだろうな?」
 一善所長は、依頼書を眺め珍しく顎に手を置いた。彼女が深く思案する時の癖だ。
依頼人の体調も芳しくない様でしたので、少し安心していただく為にも引き受けるべきだと判断しました。担当は俺一人で構いません。正直、解決できる見通しが立っていないので、前金も返却する可能性が高いですが……」
「何もわからない可能性が高い旨は依頼人にも話し、了承は得たのだろう? 依頼不達成なら返金、それがうちのルールだ。金の為にやってるわけじゃない、その心配は今更だろう。九条寺一人じゃあ無茶をするだろうからな、六座を見張りに付ける」
 担当者欄に名前を書き足し、所長は書類を進行中案件の引き出しに仕舞った。
「事件性が有ると思われる案件だ、経過報告はこまめにするように。警察との連携もしっかり取れ、私のコネを存分に使いなさい」
「はい」
「身の危険を感じたら、無理はせずに撤退する事。万が一の時は依頼を断っても構わない……と、お前に言っても無駄だろうがな」
「……流石に、死にそうになったら逃げますよ」
「なる前に逃げろ」
「……善処します」
 苦笑いで誤魔化し、所長室を出る。早速調査を始めようと、荷物を持ち、事務所を出た。
 県警本部には、所長の同級生の刑事がいる。同級生というだけで捜査情報を流してくれるというのも人の良い話だと思うが、何やら所長に弱みを握られているらしい。
「すいません、飯田警部にお話があるのですが。トラスト探偵事務所の九条寺です」
「ああ、探偵さんですね。警部なら現在署内におります、少々お待ちください」
 完全に常連と化している為、顔パスとまではいかないが事務所の名前を出すだけですんなりと受付が通る。ホワイトな調査を心掛けているおかげだとは思うが、探偵と警察がこんなに癒着しているのも正直どうなのだろうか。
 数分ほど待つと、何時もの茶色のスーツ姿の男性が現れた。
「やあ、九条寺君。今回は何だね? 落とし物か、窃盗事件の資料か? 今月はペットの行方不明届を出そうとした人の話はなかったぞ」
「……今回はちょっと、大声で出来る話ではなくて……」
「ふむ……?」
 飯田警部が顔をしかめる。鹿賀夫人から依頼があった事を伝えると、警部はますます難しい顔をした。
「……鹿賀秋彦の事件か。あれはな……なんとも言えないんだが……」
「二か月捜査して、何の手掛かりもなかったというのは本当ですか?」
「……何もなかったわけじゃないんだが、消息が掴めなかったのは確かだ。見つかった証拠も、何というか、何だか分からなくてな」
 ポリポリと頭を掻く。言葉を捻り出そうとしている様子だ。
「行方不明になった二人は、県内からの参加だった為他の友人達より帰宅時間に余裕があり、解散後近場でお茶をしてから帰ると徒歩でペンション街に向かった……んだが、周辺の飲食店全てに確認したがどこにも二人がやってきた形跡はない。……それどころか、二人の足跡は舗装された道路に辿り着く前に、忽然と消えていた。本当に、ぱったりと途切れたんだ。横道に逸れた形跡もねえ、車に乗った形跡もねえ、UFOに攫われたんじゃねえかなんて言い出す奴もいたくらいだ。……んで、その足跡が消えた場所から、奇妙な液体が見つかった」
 「これが訳の分からん物体でな……」と飯田警部は頭を抱える。
「ヌルッとしたドロドロの透明な液体なんだが、鑑識がいくら調べても、何だがわからなかったんだ。幾つかの研究機関にも回したが、どこも答えは一緒だった。『この世に同じ成分の物質は存在しない』そうだ。結局、失踪との関係も分からず、鹿賀春江には『何も見つからなかった』と報告するしかなかった」
「この世に存在しない物質……ですか。現物を見る事は?」
「一応証拠品として仕舞ってあるから、持ち出すのには許可がいるなあ。まあ、現場に行けばそのうち見つかるだろう。それともう一つ、オカルトな情報だが、周辺住民への聞き込みで気になる話があってな」
 今度は多少和らいだ表情になった。信憑性が薄い話なのだろう。
「現場の周辺に、『人形館』ってあだ名の屋敷があるらしい。なんでも、本物の死体と見間違うような気味の悪い人形が大量に飾ってあるんだと。見たって人は何人もいるんだが、俺達が百人体制で捜索しても、誰もそんな建物は見つけられなかった。ただの噂話か、集団幻視のようなもんか……ま、頭の隅にでも入れといてくれ」
「死体と見間違う様な人形、ねえ……幻覚でも見たくないですね」
 嫌な発想が頭に浮かぶ。しかし、随分とオカルトじみた事件の様だ。噂話のみで証拠が見つからないとなれば、警察が手を引くのも仕方ない。
「ありがとうございました。いろいろと調べてみます」
「ああ、探偵には公務員にはできない調べ方がある、だっけか。もし犯人が分かったら、真っ先に知らせてくれよ。手柄の分け前は……焼き鳥食べたいだけ食わせてやる」
「何時もの立ち食いの店ですね」
 相変わらず安いお礼だが、何時もの軽口だ、俺も飯田警部も、本気で犯人が見つかるとは思っていない。
 お礼を言い、その場を後にする。
 警察署を出ると、六座が待っていた。
「おいこらぁアリヒトー、見張り役置いて勝手に行くとは何事だぁ?」
「……悪かったよ。でも、ハヤテは忙しくないのか? 進行中の依頼があるだろ、俺なんか放っておいてくれてもいいんだぜ」
「落とし物探しだけだ、そう急ぐ必要のある案件じゃねぇよ。それより、お前の暴走を止める方が重要だと思ってるぜぇ?」
「所長といい、お前といい……俺が何をしたっていうんだ」
「猫追いかけて屋上から落ちた事忘れたとは言わせねぇよ?」
「屋上と言ったって二階程度の高さだろ、そんな大した事じゃ……」
「それでなくともしょっちゅう切り傷作ってくるんだ、心配されない方がおかしいと思え」
「はいはい……」
 六座ががっしりと俺の肩を掴む。離せば逃げ出す動物だとでも思っているのだろうか。
「で、何か収穫は?」
「オカルトな話が幾つか」
「明日は現場か?」
「いや……少し気になる事がある。図書館に行きたい」
「まぁた探偵の勘か。何を調べるんだ?」
「……現場周辺で他にも行方不明者が出ていないか、だ。俺の勘が万が一当たれば……連続殺人事件の可能性が有る」
「……分かった。朝一で図書館だな」
 何時も間延びした六座の顔から笑みが消えた。同僚曰く、俺の勘は良く当たる。
 日も傾き、今日はこれで終わりにすると言ったのだが、「お前が本当に家に帰るか見届けなきゃならねぇ」と六座は俺の自宅までついて来た。そして、そのまま上がり込み、夕食を共にした。
 気が付くと、次の朝、六座がリビングのソファで転がっていた。
「……んぁ、おはよ」
「……結局家で寝たのか」
「いぃじゃねぇか、どうせ家帰っても一人だしよぉ。同じ案件担当してる間くらい……朝飯まだかぁ?」
「図々しいな……」
 結局、二人分の朝食を作る事になった訳だが。なまじ料理が出来るせいか、同僚が我が家に転がり込んで来るのは珍しい事ではない。食後のコーヒーのついでに秘蔵のケーキを食べられたので、後で代金を請求しておこう。
 開館時間を見て、二人で家を出て図書館へと向かう。県立図書館はその大きさもだがタブレットによる案内方法を導入していて、調べ物がしやすいので重宝している。
 早速、現場となった地名を入力し検索にかける。地域の文集、地方紙、数件の新聞がヒットした。手分けして現物を持ち集め、該当記事を読み込む。
「……行方不明っつーか、自殺として処理されたやつばっかりだな」
 この地域にある観光名所の滝は、自殺の名所でもあるらしい。周辺に不明者の持ち物が並べられ、遺書も見つかった為自殺と判断されたという、似たような記事が幾つもあった。
「……でも、どれも死体は発見されていない」
 滝壺に落ちればそう簡単には浮かんでこない、捜索も危険だ。通常なら妥当な判断だろう。
 だが、もしも何者かが、自殺志願者を途中で攫い、自殺した様に偽装していたとしたら。そんな可能性が否定出来るわけではない。
「あとは特に疑問もない地元のほのぼのした記事ばっかり……これは、四年前か、不審者情報だってさ」
 六座が寄こした地域紙には、子供が不審な男に声をかけられる事案が発生しています、注意してください、という内容が書かれていた。
「こんなもんかねぇ。オカルトな話って言ってたよな? そういう類いなら、ネットにも何かあるんじゃねぇか」
 六座はスマートフォンを取り出し、ネットを開く。暫くすると何か見つけた様で、手招きして画面を見せた。
 どうやら、小学校の裏掲示板の様だった。
『二組のガリ勉眼鏡N、とうとう勉強のしすぎで頭おかしくなったみたいw
 あいつの家の近くの川に遊びに行こうって話してたら急に話に入ってきて、あの辺りには死体マニアが住んでるから来ない方がいい、だって。冗談のセンスなさすぎ。

 そういえば、あの辺りって幽霊屋敷あるって噂あったよな。誰か行ったことあるやついる?

 行ったことある!でも幽霊屋敷つく前に気持ち悪い男に追いかけられて、めっちゃ怖かったから帰っちゃった。

 マジでヤバイとこなん?』
 その後は違う町の心霊スポットの話に移っていったが、この噂はやはり地元住民にとっては周知の事実なのだろう。このNという少年には会ってみる必要があるかもしれない。
「……ん、次は現場に行こう」
「その前に所長に経過報告、な。どんどんきな臭くなってきやがる、連絡忘れんなよ」
「……ああ、分かってるよ」
「忘れてたって顔してんじゃねぇか……」
 そっと目を反らし、資料を元の場所に戻しに行った。

 報告を受けた所長は、長い事考え込み、ようやく口を開いた。
「……オカルトというのは、大抵が見間違い、思い違い、または自然現象で説明がつく事柄である。しかし、極稀に『本物』が存在する。私は、その全てがまだ人間の科学が追い付いていないだけの現象だと認識している。今はどうにも出来ないが、いずれどうにか出来る日が来る。……九条寺、この件から手を引く気はないか?」
 何時になく神妙に、そして無駄だと理解した上で、所長はそう尋ねる。勿論、俺の答えは決まっている。
「放っておけば、これからも被害者が増えるかもしれません。可能性があるのに、何もしないなんて事は出来ません」
「……うん、キミならそう言うだろうと思ったよ。時に九条寺、六座、宇宙人の存在を信じるかい?」
「う、宇宙人っすか……? いたら面白いんじゃないっすかねぇ」
「地球外生命体が存在する確率は高いですが、UFOに乗って地球にやって来ているなんて事はないと思っています」
「そうだね。本物の宇宙人は、テレビで見る程友好的だとは思わない方がいい。……いいか、命の危険を感じたら、迷わず逃げろ。六座、九条寺が馬鹿な事をしないように、くれぐれも気を付けてくれ」
「りょ、了解っす」
 嫌に念押しする所長。俺はそこまで信用ならないのだろうか。
 不服に思いながら所長室を出る。と、六座が妙にびくびくとした様子で話しかけてきた。「……なぁ、あんな所長初めてだぜ、大丈夫か、この依頼……」
「大丈夫かどうかじゃない、そこに謎があるから調べに行くんだ」
「お前のそういうところが所長に釘刺される理由だろうよぉ……」
 ぽこん、と頭を小突かれた。

 時刻表を調べたところ、既にバスの最終便が終わっていた為、現場に行くのは次の日になった。
 電車で最寄り駅に向かい、一時間に一本のバスに乗る。段々と建物が減り、緑に囲まれた道になった。
 この辺りは避暑地として有名で、キャンプ場や別荘が幾つもあり、夏場は結構な賑わいを見せる。上り坂が続き、気温も町場より少し下がった気がする。同じ県内でこれ程気温差があるとは、もう少し温かい服を持ってくればよかったと少し後悔した。
 バスの終点で降りると、予約していた民宿の送迎車に乗り換え、更に山奥へと進む。別荘地を通り過ぎ、キャンプ場の看板を幾つも横目で眺め、やがて道路は狭く荒れた道へと変わっていく。
 跳ねる後部座席で吐き気に耐えていると、木々が開け、おそらく最奥の集落が現れた。
 山間にあるこの地域は、かつて人口の減少により消滅の危機を迎えたが、近くにキャンプ場を開発、川や滝の周辺を整備し観光地化する事で復活を果たした。元々温泉が湧いていた事もあり、町の中でもこの集落は特に売店が多く立ち並ぶ。まあ、俺達がここに来たのは単純に現場の一番近くだからであって、観光する気はないのだが。
 民宿に着くと、六座は真っ先にトイレに向かった。彼の分の荷物も持って、部屋に運ぶ。
「……うぅ、酷い道だった……」
「観光地と言っても山道だからな。水脈もあるし、歪みやすいんだろう」
「そうだなぁ……田舎の観光地ってこんなもんだよなぁ……」
 部屋に入るなり、青い顔で畳に転がる六座。早速調査を始めようかと思ったが、一人で行こうとすればこんな状態でも意地で止めてくるだろう。……付き合って休憩するしかないか。暇潰しに調査の予定を立てよう。
「まず最初にやるのは現場の視察でいいな。滝の方も見ておきたい。その後は住民に話を聞いて、人形の館を探す。ここまでで何もわからなかったら……何か見つかるまで聞き込みと見回りを続ける」
「……何日分の宿泊費持ってきた?」
「歩いて一時間程かかるがこの町には銀行がある」
「うわぁ……早く帰れるようにオレも本気出すわぁ」
 「でも、もうちょっと待って……」と六座は力なく手を上げ懇願した。

 民宿を出ると、外は夕暮だった。時計を確認すると、一般的にはまだ日照時間であるはずなのだが、山の日の入りは随分と早い様だ。
「あまりじっくり眺める時間はないみたいだな。とりあえず歩いて位置関係の確認をしよう」
「ここらの住民は皆車持ってるみてぇだが、オレたちは徒歩なのか……」
「目撃情報によると行方不明の二人は歩いて食事処に行こうとしていたそうだからな。それに、現場からはタイヤ痕は見つかっていない、犯人が車を使った可能性は低いだろう」
「じゃぁ、大人の男二人も、どうやって運んだんだろうなぁ。……アブダクション、なんつって」
「……その可能性もなくはない」
「マジかよ……」
 普段こんな事を言わない俺が認めたせいか、六座は青ざめながらぶるりと身を震わせる。自分としてもその様な信じがたい考えが頭から離れないというのは、実に気味が悪い。
 暫く道路沿いを下る。路側帯すらない道だが、驚くほど車とすれ違わないのであまり不便を感じているものはいない様だ。
 道路沿いにぽつんと建っている釣具屋を目印に、次の分かれ道を右、舗装されていない道を下っていく。釣り好きの間ではそれなりに知名度のある釣り場だそうだが、きちんと整備されているわけではなく、まさに穴場といった雰囲気だ。
 水音が徐々に大きくなり、ふと開けた場所に出た。小石が蓄積して出来た岸辺。上流域故に川幅は狭く、あまり深くはないが流れは速い。滝はこの下流にあるが、川が蛇行しているためここから確認する事はできない。
流されたという可能性もなくはないが……それなら滑り落ちたような痕跡が見つかっているはずだろう。
「ぬるぬるした液体とやらは見た感じどこにもなかったぜ。でも、この湿った道を通ったなら道路に土の付いた足跡が残るはず、だよなぁ。それが見つからなかったんだから……」
「辿り着く前に連れ去らわれた、と考えるべき……」
 車も使わず、足跡も付けず、どうやって?
「……一応、ペンション街まで歩いてみよう」
「おっけー。……完全に日が暮れる前に宿に帰りたいなぁ……」
 来た道を戻り、コンクリートの道へと戻る。足元を見ると、やはり茶色い靴跡が付いていた。

 道路を下る途中、珍しく子供、ランドセルを背負った小学生に出会った。これまで荷車を押す老人しか見かけなかったので、てっきり若者はいないのだろうと思っていたのだが、彼は間違いなくこの先の集落へと向かっている。
 少年は俺達に気付くと、立ち止まってじっとこちらを見た。
「……警察?」
 その質問が出たのはおそらく、俺がトレンチコートを羽織っていたせいだろう。観光客の少ないこの時期に、見知らぬ顔を見つけて、少年なりに考えを巡らせた結果だ。訝しむような表情なのは、隣の六座が大分おちゃらけた格好をしているからだろう。
「惜しいなー、オレたちは探偵だよー、名探偵!」
 にこにこと答える六座に、「名探偵……?」とますます厳しい顔になる少年。年に似合わず中々賢そうだ。
「行方不明になった人を探しに来たの?」
「うん、夏に男の人が二人いなくなった事件なんだけど。……何か、知ってることはあるかな?」
「その人たちのことは知らないよ。でも、お兄さんは一人で出歩かない方がいいかもね」
「……どういうこと?」
 ガラス越しに俺の目を真っすぐ見て、少年は変わらぬトーンで言った。

「お兄さん、カッコいいから。人形館に狙われて、人形にされちゃうよ」

「………」
「えっと、こっちだけ? オレは? こっちのおにーさんは?」
「……微妙?」
「びみょう!?」
 撃沈する六座。話しは終わったのか、立ち去ろうとする少年を呼び止める。
「――君、名前は」
「……名瀬、七未」
 それだけ言うと、彼はもう振り返る事はなく、道路を上って行った。
 掲示板にあった「眼鏡のN」の条件を見事に満たす少年。彼とは、また詳しく話をする必要があるだろう。

 その後は特に収穫もなく、ペンション街と集落を徒歩で往復するのは中々辛い距離だということを痛感したくらいで、真っ暗になった道をとぼとぼと歩き民宿へと戻った。
 次の日も、その次の日も、散策と聞き込みを続けたが、新たな情報は浮かんでこなかった。
「人形館ってのも一向に見つからねぇし、警察があれだけ捜査した後なんだし、今更二人で見つけられるものなんてねぇんだってぇ……おいしいご飯食べて観光して帰ろうぜ……」
 畳に大の字に寝転がり、気の抜けた声で訴える六座。連日歩き回った疲労が出ているのだろう。
 「休んでていいぞ」と言うと、「お前を一人にするわけにはぁ……」という返事が返ってくるが、起き上がる様子はない。
 ……暫くすると、寝息が聞こえてきた。
「………」
 物音を立てないよう慎重に、俺は一人、部屋を抜け出した――。

 懐中電灯で足元を照らし、夕暮れの道を進む。時折立ち止まり、周囲を確認しながら、ある物を探し続ける。
 人形館。一人になるなという事は、裏を返せば一人なら見つけられるという事になる。一体どのような仕組みでそうなるのかは分からないが、どんなに小さくとも可能性があるならば試すべきだろう。
 出来れば明るい時間に探索したかったが、六座が片時も側を離れてくれなかったから仕方がない。……こうして余計に心配させる様な行動をしているのだから、自業自得なのだが。
 次の仕事はもっと監視がきつくなるだろうな……等と考えながら、辺りを見渡した、その時だった。

 暗闇の中、白く浮き上がるヒトガタ。洋服店のショーウィンドウを髣髴とさせる配置。木々の隙間から覗くのは、確かに建物であった。
 何度も調査した道だ。まして、こんなに大きな物を見逃すはずがない。
 この場所には、いや、この付近には、建物なんて一つもなかったはずなのだ。

「………」
 出来るだけ音を立てないよう、ゆっくりと草むらをかき分けて進む。獣道の様な細いアプローチはあったが、こんな怪しい建物に正面から入る者などいない。
 古びた白塗りの木造二階建て洋館、一階の正面部分は作品が見えるようにガラス張りにリフォームされている。
 近づけば近づくほど、人形は精巧で、不気味だった。肌のしわ、髪の毛の一本一本まで再現され、まるで生きた人間をそのまま固めたかの様だ。辛うじて、全身真っ白である事と、奥に作りかけの石膏細工がある事が、このヒトガタは人形なのだという安心感を与えてくれる。
 ……そうであってほしい、という思いは拭い切れないが。
 建物はどこも明かりが点いておらず、数ある窓は全て閉まっている。家主は不在の様だ。
 とりあえず、外観を写真に収めて一旦宿に戻ろう。ここから先は警察の介入も必要になる。
 再び正面に回ろうと歩き出した時、どこかから物音が聞こえた。反射的に草むらに隠れ、様子を伺う。

 それは、虫の羽音だった。しかし、おかしい。大きすぎる。

 建物の正面側から聞こえていたであろう羽音は、ぐるりと外周を回りこちらへ近づいてきた。……何故、そんな距離の羽音が聞こえるのか。
 その答えは、音を追って真上を見た時にわかった。
 一メートルもありそうな巨大な昆虫。その目はしっかりと俺を捉えており、奴らが噴霧した謎のガスによって、俺の意識は混濁していった……。

 気が付くと、見知らぬソファーの上で横たわっていた。
 嫌に冷静だった。所持品を確認する、何も無くなってはいない。手袋を嵌めて、起き上がり、部屋を見渡す。民家の応接間の様だ。
 扉を開けて、廊下に出る。左手には玄関。向かい側に扉。開けた扉の隣にも一つ扉があり、右手には階段。その手前に奥へと続く廊下。
 正面の扉を開けると、外から見えるあのアトリエだった。どうやら、人形館の中に連れ去られたらしい。
 途切れた足跡……あの虫に攫われたのだとすれば……。
 折角のお招きなので、まじまじと人形を観察してみる。増々生々しい……と寒気を感じながら見ていると、その中に覚えのある顔があった。
 行方不明の二人と、恐ろしいまでに似た二体の男性の人形。
 こんな偶然があるのだろうか? 否、全ての事象には必然的な理由がある。この館の主が、何かしらの形で事件に関わっているのは間違いないだろう。増して、自らが置かれたこの状況を鑑みれば……。
 携帯で人形の写真を撮り、部屋を出る。出来るだけ早く探索を終わらせなければ。家主と鉢合わせにでもなったら、何をされるか分からない。どこかに脱出できる道はないだろうか。
 そうだ、六座に連絡を……と携帯を見る。圏外と表示されていた。
 玄関のノブを捻るも、当然鍵が掛かっている。裏口の扉も同様だった。窓はほとんどがはめ込み式で、僅かにある観音開きの物は全て鍵が付いている。金具部分は新しく、わざわざ後付けしたようだ。
 窓を割って出る事も考慮しなければいけない……その前に、何か決定的な証拠でも見つけられれば……。
 全ての部屋を調べる時間はないだろう。……おそらく、リフォームされた跡がある場所が怪しい。
 廊下の中央から、ざっと辺りを見渡す。アトリエ部分の扉と壁、トイレ、ふろ場……階段下、階段自体は古いものだが、その下の一角だけ扉も、壁紙も綺麗になっている。
 鍵が付いているが、掛かってはいない。開けると、地下へ続く階段が現れた。如何にもな空間を、ペンライトの明かりを頼りに下りていく。
 地下には、二つの部屋があった。どちらも、重たそうな立派な扉が付いている。
 俺の鼻は、微かに鉄錆の臭いを感じ取った。目の前の扉の下部が、少し赤み掛かっているように見える。
 これは、一人で調べるのはまずいか? いや、でも、確証を得る事が出来れば……。
 扉は、大の大人が体重を掛けてようやく、ゆっくりと開き始めた。

 隙間から見えた惨状。鼻を付く酷い臭い。壁紙の様に一面を染める赤。
 ――血だ。

 拷問具の様な物もチラリと見える。言い逃れの出来ない、決定的過ぎる証拠。
 写真に収めようと携帯を取り出した時、視界が灰色のブヨブヨとしたもので埋まった。
 
 腹部に激痛が走る。――身体に、槍の様なものが刺さっていた。
 ――ああ、やっぱり、皆の言う通りだった。
 携帯が床に落ちる音を最後に、俺は意識を失った。


「幽霊がニジカノに憑依した事例はとても貴重です。これを意図的に行う事が出来れば、死んだ人間と再会する事が容易になります。貴方は、素晴らしいサンプルデータなのですよ、アリスさん」
 雨音結衣は楽しそうにそう言う。
 俺は、ある日突然、とあるニジカノの身体に入り込み、カノジョとして第二の人生を送る事となった。最初は曖昧だった記憶も、生者として生活する中で徐々に蘇ってきた。
 ……あの、死の瞬間も、後悔も。
 別人の意識が入り込んだ状態である俺の身体は、多少エラーデータが出るらしく、時折こうして検診に呼ばれる。
「どうですか、夜空さんの家は。大分個性的なニジカノ達が揃っていますから、賑やかでしょう?」
「ええ、毎日退屈しなくて結構です……」
「ふふっ、お疲れのようですね」
 それはもう……あの家は、騒ぎが起きない方が珍しいくらいだ。華藍は時々台所を爆発させるし、似鳥はゲームの音が煩いし、風鈴は急に不気味に笑い出すし、月は煩いし、星凪は頭の痛くなるような事を言うし……。
 けれど、嫌な疲れではない。
「アリスさんには、いつも難しい話をしてしまいますが……私達の研究の一番の目的は、『全てのニジカノに幸せになってもらう事』なんですよ」
 診察用の衣服から着替え、研究室を出る。「お疲れ様でした」と俺を見送る彼女の顔は、会うたびに笑みを増している気がする。
 ……俺の写し鏡、だったり、するのだろうか。
 気付いてはいるのだ、あの家に帰る時、自分がどんな顔をしているのか。
 ただ、大人になってしまうと、どうも素直になれない。
「……今日は、プリンでも買っていってやろうかな」
 自動ドアが開くと、良く晴れた青空が広がっていた――。
                                                              おわり。


・・・続けて二話目を載せようとしたのですが、文字数制限に引っかかりましたので二記事に分けて投稿になります。すぐ、その2でお会いしましょう。