暇潰し備忘録

気まぐれに更新する何でも日記

最後のニジカノ小説その2

先ほどの続き、正真正銘のラストになります、どうぞ。


ある夏の決着
 ピンポーン、とインターホンが鳴る。
 台所にいた華藍が慌てて手を拭き、「はーい」と扉を開ける。
「あ、あの、こちらのお宅に、アリヒトさんはいらっしゃいますでしょうか……?」
 そこにいたのは、オドオドとした眼鏡をかけた女性。彼女が言った「ありひと」という名に聞き覚えのない華藍が、いいえ、と答えようとした時。
「只今留守にしておりまーす、また今度お越しくださーい」
 茶の間から、いかにも面倒だという口調で、有子が返事をした。
「おっ、女の子の声……!?いえ、聞き及んではいましたが……まさか、本当に……?」
 うろたえる女性。華藍は「アリスの知り合いか?」と尋ねる。
 障子ががらがらと開き、気だるそうに有子が出てきた。
「……こんな姿で昔の知り合いに会いたくはなかったんだがな」
「あっ、あっ……アリヒトさん!?本当にアリヒトさんなんですか!?」
「今はアリスって名前で……その様子なら、財閥辺りから事情は聞いてるのか?一体何しに来たん……わぷっ」
「あ~り~ひ~と~さぁ~ん!!」
 突然、女性は有子に抱きつき、わんわんと泣き出した。
「……積もる話もあるようだから、お茶出しましょうか」
 こうして、また賑やかに騒動の幕が上がった。

 テレビゲーム中の似鳥を退かし、月のラノベをちゃぶ台から退かし、女性を招き入れる。
「な、何だかすみません……」
「こちらこそ、散らかっていて申し訳ない」
 言いながら、華藍は手際よく台を拭き、湯呑みを取り出しお茶を注ぐ。似鳥がゲームの画面から目を離さずに戸棚を指差す。開けるとクッキーの箱が出てきた、茶菓子にしろという事らしい。
 一通り客をもてなす用意が出来たところで、本題に入る。
「……こいつはミシマ、俺の前世の知り合いだ、探偵事務所に勤めてる」
「三島奈央です!探偵になりました、よろしくお願いします!」
「探偵になった?」
「はい……アリヒトさんのせいなんですよ?人手が足りないからって、所長に脅されて無理やり資格取らされたんですよぉ~」
「あぁ……」
 光景がありありと目に見えた様で、「苦労かけたな……」と申し訳なさそうな有子。三島さんは慌てて「い、いえっ!この件に関しては、全部所長が悪いんですから!所長のせいにしておけばいいんですからっ!」と後で問題が起きそうなフォローをする。
「アリスの前世って、名探偵なのよね?そんなに若い知り合いがいるって事は、結構若くして死んだわけ?」
 二人のやり取りに、似鳥が興味を示す。顔はこちらを向いているが、手はコントローラーを握ったままだ。
「まあ、そうだな、ギリギリお兄さんと呼ばれる程度の年齢だった」
「何で死んだの?」
「………」
 突然の沈黙に、地雷を踏み抜いた事に気付く似鳥と華藍。
「は、話しづらいなら、無理に言わなくてもいいわよ?皆、秘密の一つ二つは……」
「あ、アリヒトさんは、とある事件の調査中に行方不明になったんです……」
 口を開いたのは三島さん。目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「……そうか。俺の遺体はまだ見つかってないんだな」
「うぅ……ひぐっ、やっぱり、死んじゃってるんですよね、アリヒトさん……幽霊、なんですもんね……うっ、うわぁ~ん!」
 再び号泣する三島さんに、華藍がそっとティッシュを差し出す。ずびびーと鼻をかむが、涙はまだ止まらない。
「うぐっ……ずっと、皆で、仕事の合間に探してたんです……特に六座さんの気持ちを思うと……うぇ~ん!」
「……そうか……」
 二枚目、三枚目とティッシュを消費し、ようやく三島さんは落ち着きを取り戻した。
「ぐすっ、最近になって、虹色財閥からアリヒトさんの名前を名乗るニジカノがいるって、連絡がありまして。あの手この手を使ってここを突き止め、訪問したのですが。……どうしましょう?皆さん、アリヒトさんに会いたがっているんですが……」
「……いつかは行かなきゃいけないと思ってたが、それが今なんだろうな」
 溜め息を吐いて、有子は立ち上がる。「仕度してくる」と部屋を出て、階段を上がっていった。
 似鳥が、ちょいちょいと三島さんに声をかける。
「アリスの昔の姿って、どんな感じだったの?性格も今と同じ感じ?」
「えと……か、かっこいい人でしたよ、凄く無茶する人でしたが……」
「へぇ、頭が良くてイケメンで。それはもったいなかったわねぇ」
「そ、そうですね……い、いえ!?わたしは、そういうんじゃないですよ?むしろ今の姿の方が好きですから!」
 あら、余計な情報まで出ちゃったわ、と苦笑いする似鳥。どこから聞こえていたのか、冷や汗をかきながら有子が戻ってきた。
「お前、そういう趣味が……」
「ちっ、違いますぅ!?あっやだ麦わら帽子とポシェットかわいいじゃなくて!準備出来ましたね!行きましょうか!」
「ヨゾラと話が合いそうだな……」
 「夕食までには帰ってくるから」と言い、有子は三島さんと共に外に出た。
 そんな様子を、階段の上からじっと見つめる影が一つ。
「……地球外生命体と接触の可能性あり、対象を追跡、なのですぅー」
 おさんぽなのですぅ♪と書き置きして、星凪はるんるんと家を出た。

「建物も面子も、何も変わってねえな……」
 事務所の応接室。いつも依頼人が座るソファーから辺りを見回し、しみじみする有子。三島が少女を連れてきた為、所員達は少しざわついている。
「あ……アリヒト?女の子だけどアリヒト?ナオちゃんホントにマジで?」
「……ハヤテ、随分心配かけたな、すまない」
「あ……アリヒトぉーーー!ナオちゃーん!どけ、どいてくれー!」
「だめです六座さん、いくらアリヒトさんとはいえ成人男性が少女に抱きつくのは事案です!」
 相変わらずの賑やかさに、有子は目尻の水滴を落とさぬよう空を仰ぐ。……こんなにも、自分を思ってくれている仲間がいたのに、自分で自分を大切に出来なかった。それが、一つの後悔。
 二人の様子に、他の所員達も有子に声を掛ける。昔と変わらぬやり取りに、涙を流す者もいた。
 不意に、バン!と所長室の扉が開く。カッカッと強く響くハイヒールの音。これは……怒っている。
 有子の目の前で仁王立ちすると、所長は思い切りその頬をひっぱたいた。
「死ぬ前に、戻ってこいと言っただろう」
 「しょ、所長……!」「やり過ぎですよ……」と狼狽える所員達。
 しかし、当の有子は神妙な面持ちで椅子から降り、床に直で土下座をした。
「申し訳ありませんでした。全ては再三の忠告を聞かなかった俺の責任です。皆様にはいくらお詫びしても足りません。……本当に、すいませんでした」
「……もういい。キミへの文句は今の一発で全部だ。顔を上げなさい、謝って事件が解決する訳でもないだろう?」
「なのですぅー?」
 重い空気を打ち砕く、能天気な声。出所は、何故か所長室。
 部外者が侵入しているというのに、所長はいつも通り話を続ける。
「九条寺、君の最後の事件、終わらせて来なさい。六座と三島を付けよう。そんな身体なんだ、くれぐれも、一人で暴走しないように」
「で、でも所長、あれ以来何の進展もないですし、所長だって深入りするなって……」
「状況が変わった。彼女の協力を得れば、何とかなるだろう、そうだね星凪君?」
「はいなのですぅ♪」
「は……?」
 キョトンとする一同。視線の先にいるのは、どう見ても幼い、可愛らしい少女。
「セナ……いつの間に、というかどうやって入ってきた?」
「かんきせん?ですぅ、しょちょーさんはセナの同類と会ったことがあるみたいなのですぅ♪」
「詳しく説明は出来ないが、私が大丈夫だと言ったら大丈夫だ、信じなさい」
 意味不明な会話だが、所長にノーと言える人はいない。
「旅行♪みんなで旅行なのですぅー♪楽しみですぅー♪」
 一人楽しそうな星凪。有子は酷く痛む頭を抱えた。

「かくかくしかじかで、一週間程出かける事になったんだが」
 疲れた様子で帰宅した有子は、夕食の席でそう言った。
「……いや、全く説明してないけど!?かくしかじゃ伝わらないけど!?」
守秘義務がある、これで勘弁してくれ。で、今週末からセナと避暑地に出かける事になった、泊まりになるのは確実、一週間と言ったがあくまで目安で、多分それより長くいる必要があるかもしれない」
「ですぅー♪」
「ふむ……何をしに行くかだけ、教えては貰えないだろうか?」
「……事件を解決して……俺の遺体を、探しに行く」
「………」
 茶の間が少しの間沈黙に包まれる。月だけは中二心くすぐられるのかウズウズしている。
「……うん、気になる事があるなら、決着をつけるのは大事だよな。ところで、アリス」
「何だ?ヨゾラ……そんな顔をして」
「無念が晴れたら、成仏したり、しないよな?もしそんな事になるなら、俺は今、アリスを全力で止めなければならない……!」
「……何だ、そんな事か。大丈夫だろ、大きな心残りが一つ消えるくらいで、この家に対する悩みの種の方が遥かに大きいんだからな」
 じとー、と皆を見回す有子。反応を見る限り、誰も自覚はなさそうだった。
「そうか、そういうことなら、気を付けて行っておいで!」
「あっ、あの!我も!我も共に行きたいのだが!」
 はいっ、と手を上げる月。「ただの旅行じゃないんだぞ……」と呆れる有子、「みんなで行くともっと楽しいのですぅー♪」と喜ぶ星凪。
「今は夏の長き休暇である!我にも行く権利はあろう!」
「ところでライト、宿題はどこまで進んだんだい?」
「ごめんなさぁーい!何でもありませーん!」
 華藍の一言によりあっさりと撃沈。しかし、今度は華藍がいいことを思い付いた、と笑みを浮かべる。
「似鳥、折角の夏だというのに、家にこもってばかりで勿体ないと思わないかい?」
「思わないわねえ、全く思わないわ。……まさか」
「セナもアリスも見た目は子供だ、大人が付き添ってあげた方がいいだろう?」
「ちょっ……カランはライトとヨゾラのお守りだし……ふ、フウリン!貴方、部活やってないし暇よね!」
「え、えと、その、お友達と遊ぶ予定が、入ってまして、すみません……」
「避暑地というのだから、エアコンがなければ蒸し暑いこの家よりずっと快適な所なのだろうなあ」
「なっ、何よその雑な誘導!行かないからね!絶対に行かないんだから!」
 慌てふためく似鳥。実は大人が二人ついてくるという事実を、有子はそっと喉の奥にしまい込んだ。
 うん、似鳥は、多少日に当たった方がいい。
ニトリお姉ちゃんとおでかけー♪初めてなのですぅ♪楽しみなのですぅー♪」
「あー、もう、もぉー!!」
 似鳥は、自棄になって残りのカレーを一気に口にかき込んだ。

 しっかりと華藍に用意されたキャリーバックを転がし、女優帽を目深に被り、似鳥は早朝のバス停へと向かう。久し振りの運動に、弱った汗腺から出るじっとりとした汗。
「もう嫌……帰りたい……あたしの家は……ゲームはどこ……」
「ミシマの姿がないな……ん、あの大荷物抱えた変な格好のやつか。よおハヤテ、待たせたな、連れの足が遅くて」
「やっほー、連れならこっちは来てすらいないんだけど……後ろ?えぇーナオちゃんその荷物なにぃー!?」
「すっ、すいません皆さんお待たせして……荷物が予想以上に重くて……でっ、でも、これで万全を期してきましたよ!」
「で、それはバスに載ると思うか?」
「……いいえ」
「分けよう?置いてけはかわいそうだから皆でわけようぜ?」
「ありがとうございます六座さん……」
 バタバタとお菓子やらお菓子やらお菓子やらを取り出す三島。受け取りながらお腹を鳴らす星凪。
 明らかに二人が同行者である事に気付いた似鳥は、へなへなと崩れ落ち天を仰いだ。
「何よ……保護者いるんじゃない……ってゆーかぁー!アリスにまで騙されたぁー!!」
 「おーうーちーかーえーるー!」と駄々をこねる似鳥を、星凪がひょいと抱えバスに連れ込むのだった。

 ガタガタ、ガッタガタ、ガタガタガッタガタ。
 一部補修ばかりで根本的に直す気のないでこぼこ道路をバスが行く。
 中にいる五人は、大分グロッキーになっていた。
「え、エチケット袋なら、ばっちり、持ってきていますから……」
「あ、後何時間かかるの……?だ、大丈夫よ、人前で戻すなんてそんなはしたないこと、しないわよ……うえっぷ」
「遊園地みたいですぅー♪」
「ハヤテ、まだ平気そうだな。前は動けなくなってたのに」
「そりゃーね、慣れたからさ。……あの後、何度も、何度も来てるからね」
「………」
 ペンション街を抜け、細い道を集落へと向かう。夏真っ盛り、流石は有名な避暑地だけあって、頻繁に車とすれ違い足止めを食らう。
「……こんなに流行るんだな、ここ」
「ねー。あ、宿空いてなかったからからさぁ、民家に泊まる事になってるから。アリヒト、行ったらびっくりするぜぇ?」
 にやにや、と似合わない笑い方。「楽しみにしとくよ」と軽く聞き流し、有子はじっ……と外を眺めていた。何かを、探すように。
「……アリス、あんまり気張らない方がいいわよ、酔いやすくなるから……うっ」
「……ニトリこそ、無理に我慢しなくていいからな?」
「ダメよ、プライドが……人としての尊厳が……う、ぐぅっ」
 奇妙な声を出しながら座席でのたうち回る似鳥。有子は呆れた笑いを溢す。
 そんな姿を見て、何故か涙ぐむ六座。その傍らで、三島は自ら用意したエチケット袋を消費していた。

 バスを降り、六座の案内で集落を進む。三島と似鳥は互いに肩を貸し合い、謎の友情が生まれているようだ。
 大きな一軒家の前に着くと、慣れた様子でインターホンを鳴らす。
「ナナミー、来たぜー、いるかー?」
 呼び掛けて直ぐに開く扉。有子は、その家から出てきた少年に見覚えがあった。
「お久しぶりです、六座さん。今回は随分と連れが多いようで……半分くらい子供じゃないですか、本当に大丈夫なんですか?」
「……あの時の、少年……」
「名瀬、七未です。お荷物……多いですね、手伝います」
「と、トイレ、お借りしてもいいかしら……?」
「どうぞ、廊下の突き当たりです」
「あ、ありがと……うぷ」
「詰まらせないでくださいね」
 似鳥と三島の荷物を受け取り、部屋へと向かう名瀬君。二人と別れ、一行も彼の後に続く。星凪は見慣れない純日本家屋が面白いようで、キョロキョロと激しく辺りを見回している。
 大きな客間に荷物を置くと、名瀬君は「で」と六座に尋ねた。
「どこに、あのお兄さんがいるんです?冗談なら笑えないですから」
「おうよ!このちっこい女の子が、アリヒトだぜ!」
「……やあ、少年。あの時は世話になった。少し大きくなったみたいだな、俺は小さくなったが……。まあ、無理に信じろとは言わない、俺の事はアリスでもアリヒトでも、好きに呼んでくれ」
「………」
 有子の子供らしくない口調に、唖然とする名瀬君。
「今、クトゥルフ神話技能ロールに失敗した音が聞こえたわ……」
 ふらふらと歩いてきた似鳥がうわ言の様にそう呟く。
「……世話になった、なんて。むしろ、僕が余計なことを言わなければ、お兄さんが死ぬことはなかったんです。ごめんなさい」
「ナナミは何も悪くないって、アリヒトも言うからって、何度も言ったんだけどな?どうしても手伝いたいって、こうしてオレの事助けてくれてなー……」
「ありがとう、心配かけたな、名瀬君」
「……ナナミ、でいいです。歳が近そうだから、変に丁寧に話すと違和感が……ボクも、アリスって、呼ぶから……」
 有子から目を反らし、恥ずかしそうにそう言う名瀬君。復活した三島が、「若いっていいなあ」とにまにましながらスナック菓子を頬張る。
 こほん、と咳払いし、名瀬君は話を切り替えた。
「それで、今回はどんな調査をするんですか?」
「おう、それがなぁ、所長いわく、このセナちゃんに任せれば大丈夫らしいんだ」
「なのですぅー♪ナナミも強そうですぅ、力を合わせれば宇宙人なんて敵じゃないのですぅー♪」
「………」
「神話技能と心理学に失敗した音が聞こえたわ……」
 似鳥はまだうわ言を呟いている。今日はもう動けないだろう。
 下がってきた眼鏡を直し、名瀬君はこちらに向き直る。
「……よくわかりませんが、ものは試しですね。疲れもあるでしょうし、今日はゆっくりしてください。明日六時に起こします」
「ろ、六時……相変わらずストイックだぜ田舎時間……」
 朝に弱い面々が身震いしたが、そんなことは気にせず、「昼ごはんが出来たら呼びますね」と部屋を後にした。

 翌日も見事な晴天に恵まれた。嫌がる似鳥を着替えさせ、星凪が抱えて外に出る。その怪力に、名瀬君はいぶかしむ様な目を向けたが、敵じゃないならいいか、と独りごちそれ以上気にしない事にした。
「俺が館を見た辺りまで案内すればいいのか?」
「それなら、僕が何度もやってるけど、どうしても六座さ……他の人を連れていくと見えなくなってしまうんだよね。それで手をこまねいてる状態なんだけど」
 その話を聞いて、似鳥と戯れていた星凪がずいっ、と二人の間に顔を出す。
「おそらく捕食対象にしか見えないように魔術がかけられているのですぅ。あ、人間は人間を捕食しないのですぅ、間違えたのですぅ。おそらく、捕獲対象にしか見えないように魔術がかけられているのですぅ」
「…………ソウダネ」
 秋野家では、星凪と話すとスルースキルが鍛えられると言われている。有子は名瀬君を労い、肩をぽんぽんと叩いた。
「と、とりあえず、行こうか」
 こほんと咳払いし、慌てたように出発する名瀬君。少し耳が赤い。
 三島は、彼の手に握られたものをずっと見つめていた。
「あのー……ナナミくん?その……少し、物騒な物は、一体?」
「これですか?バールの様なものです、お守りみたいなものですよ」
エクスカリバール!?キミはエクスカリバールの使い手なの!!?」
「そんな名前の物は知りませんが……」
 突然飛び寄ってきた似鳥に、冷静に返す名瀬君。何をきっかけにエンジンが掛かったのか分からないが、似鳥は服のしわを整え、自力で嬉々として歩き出した。
クトゥルフじみてきたわねえ、リアル探索者、良いじゃない、全員生還ハッピーエンド目指しましょう!」
 そんなに楽しいものじゃないんだけどな、と思いながらも、遠足のような一行に釘を刺したりもせず、有子も笑いながら出発するのだった。

 集落を出て、しばらく道なりに下り、看板も、人気もない、木々に囲まれ薄暗くなった辺りで立ち止まる。
「……多分、この辺りなんだが」
 森の奥を見ても、どこにも建物らしきものはない。
「見つからないでしょ?一人で来るといつもあるんだけど……」
光学迷彩と人避けの魔術を感じるのですぅ、むむむぅー。間違いないのですぅ、そこに建物があるのですぅ」
 とてとて、がさがさと道路脇の藪へ入っていく星凪。慌てて皆がついていくと、何もない所で立ち止まり、宙に手をかざしている。
「いくのですぅー、セナぱーんち!なのですぅ!」
 ぺしっ、と星凪が空中に拳を振るうと、

 ピシッ、と空間にヒビが入った。

「出力に問題なし、もうちょっと、ぱーんち!」
 拳が当たった周囲に、透明な亀裂が走っていく。やがてバラバラとガラスが割れたかの様に壁が崩れ去っていく。
 人が通れる位の穴が空くと、その向こうには、確かに白い洋館があった。
「なんっだ、これぇ……?」
 星凪の不思議パワーの事か、人形館の事か、初めて目撃した六座は戸惑いの声を上げる。
 ふと、どこからか羽音が聞こえ始めた。
「この音は……来るぞ、化け物が……俺を連れ去った奴が!」
「どんと来いなのですぅ!」
 穴をくぐり、敵の敷地に入る。バールを、拳を構え、各々臨戦態勢をとる。
 天窓から、巨大な羽虫が現れた。一、二、三……五匹。
「リアルゴ=ミさ……ミ=ゴさんじゃない!雑魚戦よ、やっちゃいなさいセナ!」
「あいあいさーなのですぅ!セナビーム!」
 チュイーン、と目から光線を発射し一匹打ち落とす。
 激昂したのか、羽虫は速度を上げてこちらへ突進してきた。
「セナきーっく!」
 キックと言いつつパンチの動きをする星凪。足からぼこりと出てきた肉塊が巨大な触手となり、羽虫を二匹薙ぎ倒す。
 その様子に目を回して倒れた三島を支えた有子の元に、一匹が近づく。
 鋏を振りかざそうとした羽虫に、背後から回し蹴りが入った。
「でりゃあっ!どうだぁ、おれがいるからにはアリヒトに手出しはさせねぇぞ!……って、うわっ、なんだこれ気持ち悪ぅ」
 ズボンに付着したドロリとした液体に悲鳴を上げる六座。「装甲か」と冷静に呟き、名瀬君は六座が飛ばした一匹に止めを指す。
「ナナミ、後ろ!」
 最後の一匹が、謎の装置を構え迫っていた。ガスが吹き出る直前、名瀬君は振り向き様にバールをぶん回し、装置を破壊する。直後、星凪のビームが羽虫を貫いた。
「……強いんだな……」
「虫くらいなら、一人でも何とかなる。それより、セナがいれば何とかなる、の意味が分かった……」
「快勝ねえ!所詮はゴ=ミさん、あたし達の敵じゃないわ!」
 何故か何もしていない似鳥が一番盛り上がっているが、おかげで妙な自信と安心感に包まれる。
 ぺちぺちと三島を叩き起こし、一行は館へと向かう。
 ガラス張りの室内を覗き、調子の良かった皆も、それぞれに不快感を表した。
「なぁる……こりゃあ不気味だって言われるわなぁ……」
「つ、作り物、ですよね?大丈夫ですよね?」
 また青褪めた顔になる三島。倒れては面倒なので、有子は言葉を飲み込む。
「……この家の人間はいないみたいです。どうしますか?」
「不法侵入になるし、今なら警察に連絡すれば」
「セナ!鍵開け(物理)よ!」
「ぱーんち、なのですぅ!」
 ドゴォ、と音を立てて、玄関がぶち抜かれた。
「……お前ら……」
「……後戻り出来なくなったね」
 頭を抱える有子を余所に、星凪と似鳥はいけいけどんどん!と建物に入っていく。意外な事に、名瀬君も躊躇せず後に続いている。
「……化け物がいる屋敷だし、もう常識とかどーでもいいんじゃねぇかな!なぁ、アリヒト?」
「……後で言い訳考えるの手伝えよ」
「わたし、こんな探偵っぽい捜査したの初めてです……!」
「その探偵イメージ間違ってるからな?」
 探偵組は考える事を止めて、三人を追って玄関の穴をくぐった。

「探索の基本といえば書斎よね!どこにあるかしら?」
 階段の前できょろきょろと辺りを見回す似鳥。星凪はその横で、階段をじっと見つめている。名瀬君はトイレから出てきた、一階の間取りは把握しきったらしい。
「書斎はあるなら二階ですね。ここで気になるのは人形と階段下くらいですかね」
「ナナミ君、ほんと探索慣れしてるわよね」
「昔いろいろあったので」
 中学生の昔って……と少し考えて止めて、「じゃあ二階行きましょう!」と似鳥は階段を駆け上がって行った。
「……ミシマ、ナナミ、二階を頼む。ニトリが変な事しないように止めてくれ」
「あ、は、はい!」
 有子に促され、三島もパタパタと階段を上る。名瀬君は意図を察したようで、心配そうにこちらを見たが、何も言わず後に続いた。
「ハヤテ、ついてきてくれ」
「おっ、おう?」
 有子は、考える様子もなくアトリエの扉を開く。
 ずらりと並ぶ白い人形。有子の記憶よりも数が増えている気がする。
「……行方不明者と同じ顔がないか、見てくれないか」
「まさか……本物、なのか?」
 一心不乱に人形の群れの中に入っていく有子。六座も端から人形を見ていくが、徐々にその顔色は悪くなっていった。
 一番奥の、壁際。そこで有子は、探し物を見つける。
 その男性の人形は、胸にぽっかりと穴が開いていた。
「……事件の被害者二人、自殺者5人、アリヒトがいなくなってから起きた行方不明事件の被害者3人、確認した……これは、アリヒト、か?」
 いつの間にか六座が後ろに来ていた。横たわる人形を見て、泣く事も出来ず絶句している。
 有子は、自分の人形の身体に触れた。石膏の様に冷たく固い、が。
 床に転がっていた金槌を拾い上げ、人形に振り下ろす。ぱきり、と表面の石膏が割れ、血の気の引いた素肌が現れた。
「死体の石膏細工とは、趣味が悪い事この上ないな……」
「………」
 何時もは賑やかな六座も、無言で写真を撮ると、耐えきれなくなったのか部屋を出て行った。
「……もう、大丈夫だ、俺は一人じゃない。決着、つけてくるよ」
 かつての自分にそう言い残し、有子はアトリエを後にした。

 廊下に出ると、二階探索班も既に合流していた。
「魔導書よ!あれは絶対に魔導書だったわ!」
「あ、アリヒトさん。書斎は美術関係と医学書と、外国の本がありました。あと暗号みたいな日記が……多分日記だと思うんですけど」
「寝室も見てきたけど、特に何もなかった。虫が住んでた部屋を見つけたから、機械は全部壊してきたけど、いいよね」
「損壊した器物が増えたわけだな……まあ虫の持ち物ならいいか」
 有子も段々毒されてきたようだ。
「それじゃ、ラストダンジョンの地下室に突っ込みましょうか!セナ!」
「どーん!ですぅ!」
 階段下の扉に、星凪が体当たりをかます。扉は粉々に砕け散った。
 元々開いてるはずだよなあ、と有子は思ったが、もう二人の強行に突っ込むのは止めた。
 薄暗い階段を下る。次第に錆の臭いが漂ってきた。
 一番下に辿り着くと、扉の前で有子が皆を制止する。
「この扉の向こうに、さっきとは別の化け物がいる。俺は、そいつに殺されたんだ。ここからは、さっきより慎重に」
「セナが一番前にいれば大丈夫なのですぅ、アリス、リラックスなのですぅ♪」
「……説得力があるなあ」
「セナは昔、神様とかいうのも倒した事があるのよ、戦闘は任せて後ろでドーン!としてなさい」
ニトリは何もしてないだろう、何でそんなに自信満々なんだ……」
「家族の自慢はあたしの自慢よ」
 こっちこっちと似鳥に引っ張られ、有子は星凪と場所を変わった。
 一同が少し離れ見守る中、星凪は扉に向かって触手を伸ばし、叩き付ける。

 大きな穴が開き、灰色の巨大な蛙の様な化け物が姿を現した。

 手に持った槍を振りかざし、化け物はこちらに襲いかかる。星凪は触手をどろりと溶かし、槍を絡めとった。勢いを止められ姿勢を崩した化け物に、星凪がビームを放つ。
 頭部を吹き飛ばされ、化け物は倒れ込み、動かなくなった。
 泡を吹いて倒れた三島を六座が背負い、皆は化け物のいた部屋を覗く。
「ムーンビーストの拷問部屋って感じね。……あんまり居ると吐き気がしてきそうだわ」
「変な道具と血しかないみたいだね。後で警察呼ぶなら、入らない方がいいかな」
「あれだけ破壊しておいて今更だな……」
「服に血が付くのは流石にまずいと思う」
「乙女ねえ」
「ナナミが乙女なのです?ナナミは男の子なのです、むむぅ?」
「冗談よ」
 「皆よく元気あるなぁ……」と血の気の引けた顔で六座が呟いた。
 名瀬君はもう一つの扉を指差し、「あの部屋には何があるか分かる?」と有子に尋ねる。「いいや」と答えると星凪が突撃体勢に入った。
「この向こうからは気配は感じないのです、ぱーんち!」
 ボゴォ、と穴が空く。部屋の中にはたくさんの薬剤と、注射器や吸引器具等、血抜きの道具と思われる物があった。
「……うん、これで全部の部屋を踏破したわね!帰りましょう!あれ、そもそも何を調べに来たんだったかしら?」
「俺達の調べものだからニトリは何も気にしなくていい」
「そう。あ、アリスの元の体?だったかしら、見つかったの?」
「ああ」
「ならオッケーね、戻りましょう!」
 レッツゴー!と階段を駆け上がる似鳥。少し疲れた四人は、ゆっくりと後を追おうとした。

 階段の半ばで、星凪が「あっ」と声を上げる。直後、一階から悲鳴が聞こえた。

 慌てて声の方へと向かう。
 男が、似鳥を捕まえ、首筋に刃物を突き付けていた。
「あの人、この家の持ち主です」
「つーことは、アイツを取り押さえれば」
「事件は解決、だな」
「くっ、来るな!来たらこの女の命はないぞ!」
 男が叫ぶ。謎の侵入者に相当動揺しているらしい。確かに、端から見ればどちらが犯罪者か分からない。いや、いくつか犯罪行為はしていたが、今は棚に上げておこう。
「き、貴様ら、どうやって入ってきたんだ!虫はどうした!?ち、地下には用心棒もいたはずだ!」
「悪い宇宙人はセナの刀の錆びになってもらったのですぅ」
「なっ、なんだとぉ!?何を言っているんだ!!?」
 全員が男に同情した。
「く、クソッ、動くなよ、一歩でも動いたら殺すからな!」
 テンプレな台詞を吐きながら、じりじりと玄関まで下がろうとする男。その腕の中で、似鳥は閃いた、という顔をした。
「ねえ、動かなければいいのよね?」
「勝手に喋るな!そう言っただろ!」
「ふーん、じゃ、セナ!」
 似鳥が自分の目を指差す。皆は男の負けを悟った。
「セナビーム、エコバージョン!なのですぅ!」
「ぅあっちぃ!?」
 星凪の目から放たれた光線は、男の握るナイフを溶かした。
「確保ー!」
 脱出した似鳥の号令により、星凪が触手を伸ばす。名瀬君がどこかの部屋からロープを持ってきて、男はあえなくぐるぐる巻きにされた。
「黒幕にしては大したことなかったわね!」
「こうもあっさり解決すると、今までの捜査は何だったんだろうなぁって思うよなぁ……」
「……事件は終わったが、これからが長いぞ」
「う……うーん、あ、あれ?ここは……ひゃあ!この人誰ですか!?」
「ここの家主です」
「えっ、えっ、何でもうぐるぐる巻きに……あ、警察、呼ばないとですよ!」
「……あぁ、そうだなぁ。一週間で帰れるかなぁ……」
 道端に出て、ようやく電波を拾うことが出来たので、一行は警察に連絡し、長い取り調べを受ける事となったのだった。

 三日後、何かの圧力により六人は警察署から解放され、名瀬君の家に戻ってきた。
 疲れが出たのか、あの道のせいか、皆青い顔で一日寝転がっていたが、次の日になると全部忘れたようにはしゃいでいる。
 ホースで水を掛け合いきゃっきゃっしている女性陣と、縁側でそれを眺める男性(有子含む)陣。
「水着とはいえ透けるのはいいよなぁ、ナナミも男ならそう思うだろぅ?」
「好きな人以外興味ないです」
「……俺達が大暴れした件は、所長いわく名前を教えられない誰かが揉み消してくれたらしい。財閥か、N○SAか、所長の知り合いか。宇宙人だったりするかもな」
「まぁまぁ、こうして元通りの生活出来るんだしさぁ、詮索なんてしないで、天に感謝でいいじゃん。考えすぎるのも良くないぜ、アリヒト」
「……アリス、だな。九条寺有人は正式に死亡が確認された。もう俺はこの名前を使うべきじゃない」
「そっか、アリスかぁ。……何か急に恥ずかしくなってきたんだけどさぁ、幼女に馴れ馴れしく話し掛けるおれ、犯罪臭出てない?」
「僕が間に入りましょうか?」
「おっ、そりゃぁいいな」
 にやにやして席を変わる六座。有子の隣に座ると、名瀬君は急に曇りだした眼鏡を外し、ポケットからハンカチを出して拭いた。かけ直し、今度はスマホを取り出す。
「あ、あの、よければ、ID交換しない?」
「ああ、そういえばまだしてなかったな」
 スマホを付き合わせふるふると動かす。連絡先が交換された。
「と、時々、どうでもいい話とか、するかも」
「こっちこそ返信遅くなると思う。気楽にやろうぜ」
「う、うん」
 名瀬君は嬉しそうにしばらくスマホを眺めていた。有子は不思議に思ったが、その理由に気付くことはなかった。
「六座さーん、避けてくださーい!」
 突然、三島の叫び声。次の瞬間、ホースの水が六座の顔に直撃した。
「っこの、やったなぁ!」
 六座は嬉々として立ち上がり、似鳥の持つホースを奪いに行く。
 自分達も巻き込まれそうだと察知した二人は、荷物を濡れない場所に持っていき、ついでに水鉄砲を装備した。
「セナウォーターポーンプ、ですぅ!」
「触手から水がぁ!?」
「今日は倒れないのねナオちゃん」
「見慣れました!」
「………あ」
「今クトゥルフ神話技能に成功した音が聞こえたわ!」
「どうしたナナミ、ぼーっとしてると水かけられるぞ?」
「……いや、うん、大丈夫、何でもない」
「っと、取ったぞぉー!反撃だぁー!」
「きゃー!」
 夏の日差しに、飛び散る水がキラキラと光る。皆と走り回る有子の顔に、もう影はない。
 満面の笑顔が、太陽の様に眩しく輝いていた。

 帰宅した似鳥と有子が風邪で寝込んだのは、また別の話。
                                                         おわり。


クトゥルフでシリアスブレイクになりました。神話生物探索者はKPとよく相談して使いましょう。

ニジカノ達の日常を小説としてまとめるのはこれが最後になりますが、カノジョ達は今でも私の中に生き続けています。いつまでも、この幸せが続きますように祈っています。
あなたのニジカノ達にも、終わりのない幸せな日々がありますように。

ゲームから離れても、全ての嫁と推しが自分の心に居続けている実感を。
そうである限り、物語は終わらないのです。

何を言っているんだ自分はと恥ずかしくなってきたので、今回はこのあたりで。
最近忙しくゲームから離れているので次の更新は未定です、ゲーム以外ここでする話が思いつかない(´・ω・`)
ネタが見つかったらぼちぼち更新します。
では、また(・ω・)ノシ