歓迎会、五割増し(前回比)
何時ものちゃぶ台の隣に、拡張工事のミニテーブル。壁には「ようこそ! アリスちゃん」と書かれた手作り感溢れる看板。クラッカーを構え動かない月と星凪を見て、疲れないのかな……と風鈴が心配そうに苦笑いしている。
台所では、あとは温めるだけで出来上がる料理達を並べ、似鳥が待機していた。
皆が待っているのは、新しく入った住人の部屋の扉が開く瞬間。
連絡係として扉の前で待つ華藍。……この状態で、かれこれ一時間程経っている。
事の発端は夜空が「今日のお勉強で目標個性を取得できる」と発表した事だ。個性の取得はニジカノにとって二度目にして真の出会い。これに合わせて、兼ねてから計画していた歓迎会を開く事となった。
彼女が部屋にこもりお勉強を開始すると共に、皆は準備に取り掛かる。部屋を飾り付け、料理を作り、用意していたプレゼントを取り出した。
そうして、あとは主役を待つだけとなっている。
緊張感が張りつめる廊下。
「………」
日頃の修行で会得した技術を使い、気配を完全に消す華藍。何故そこまでする必要があるのかはわからないが、カノジョ達はこの歓迎会をサプライズにしたいらしい。
――数分後、お勉強完了の通知が静寂を破った。
夜空が扉を開ける寸前に、華藍は茶の間へと舞い戻る。
「皆ー、終わったぞー……って、いない? 物音もしない……」
「はぁ……記憶が戻ったら何でこんな事になってるのか余計分からなくなった……」
夜空の後ろから出てきた小さな少女、有子。男口調だが、鈴の音の様な可愛らしい声とのミスマッチ感が良いのだと夜空は力説する。
彼女こそがこの歓迎会の主役、新しいニジカノだ。
「腹減った……八時間もお勉強とか学生時代以来だ……ん? この身体は小学生だから、まさかもう一度あの地獄を味合わなきゃいけないのか?」
「希望しなければ通わなくてもいいよ、虹色財閥の力でどうにでもなる」
「虹色財閥か、都市伝説めいた話をいくつか聞いた事があるが……全部本当だったとはな……。ん、夜空、止まれ」
「えっ? ど、どうかしたのか?」
茶の間へ向かう廊下で、有子がふと立ち止まる。床をじっと見つめ、障子戸を見つめ、すんすんと鼻を動かし。
「……もういい。行こうか」
「う、うん……?」
ふっ、と笑って、有子は夜空を追い越し、茶の間の戸を開けた。
パンッ、パン、パパンッ。
「「「「ようこそ、アリス!」」」」
クラッカーの賑やかな破裂音。舞い散る紙吹雪の向こうに、笑顔でこちらを見つめる四人。
「……悪いな、サプライズのつもりだったんだろうが、廊下に飾りの切れ端が落ちていた。つい探偵の癖でな、推理しちまった」
「皆、こんなの準備してたのか!」
「あぅー、アリスへのサプライズなのに、ヨゾラお兄ちゃんしか驚いてないのですぅ」
「ふえぇ、急いで準備したからお掃除しきれてなかったんですねぇ……ニトリさんは料理にかかりっきりでしたし……」
「隠密行動に気づくとは、流石は我の認めし者、アリスだ……何はともあれ、今宵はお主が主役、存分に楽しんでいくが良い」
「ふふっ。今から料理を運んでくるから、皆、紙吹雪を片付けておいてくれ。アリスは座ってもいいが、旦那様は手伝うんだぞ」
「お、おう!」
驚きこそしなかったが、有子は見た事もないくらい優しい表情で、皆が部屋を掃除している様子を眺めている。これが彼女の一番嬉しい時の反応なのだが、あまり人には伝わらない。
「はーい、お待たせ! 今日は洋食フルコースを用意したわよ! まずは前菜、夏野菜のテリーヌ! おあがりよ!」
似鳥が最初の大皿を運んできた。前菜というレベルの量ではなかったが、それだけ張り切って作ってくれたという事だろう。
「じゃんじゃん持ってくるから、思う存分食べてよね!」
「コース料理なのに食べ終わるまで待たないのですぅ?」
「家はレストランじゃないから、そんなの関係ないわよ!」
言い切ると、似鳥は足早に台所へと戻っていく。入れ替わりに、サラダボウルを抱えた華藍がやってきた。
「二品目はサラダ。ドレッシングは今持ってくる……が、これだけ前菜があってはこれに辿り着くのはまだ先だな」
「これからもっと凄いのが来る、覚悟しておいた方がいい」と苦笑する華藍。ひえっ、と悲鳴を上げる風鈴を除き、月、星凪、有子は小皿を手に取り嬉々として食事を始めていた。
「はむっ、皆が食べきれなかったら、セナが空っぽにするから安心するのですぅ、あむっ」
「初めて食べた時からニトリの料理は美味しいとは思っていたが、こんな本格的なものも作れるんだな。流石、パーフェクト自宅警備員を名乗るだけはある」
「もごっ、むぐふぁんももぐもぐっ(今日は一段と美味しいぞ!)」
「駄目ですよぉライトちゃん、食べながら喋っちゃぁ」
「むぐぐっ……セナだって食べながら話しているではないか!」
「セナはちゃんと一口で飲み込んでいるから、むしゃ、喋ってる時は何も食べてないのですぅ~、あむっ」
「な、なんだとぉ!?」
「はーい、次はジャガイモのビシソワーズ! ちゃんとおかわりもあるから安心して!」
どんどん増える皿。夜空はパーティーではなく、フードファイトをしている気分になってきた。
「四品目、白パンだ。スープに付けたり、これから来るメインディッシュと一緒に食べると美味しいそうだから、あまり食べすぎないようにな。ここは家だ、お行儀なんて気にしなくていい」
「……カランとニトリは、まだ食べないのか?」
「ああ、料理が出揃ったら席に着くよ」
「なんだか申し訳ない、俺も手伝おう」
「ふぁむっ! むむぐむんっぐぐぐ!」
「ダメなのですぅ、主役はそんな事気にしなくていいのですぅ!」
「ん……わかったよ」
席を立ちかけた有子だったが、渋々座り直す。華藍は「ありがとう、急いで持ってくるよ」と微笑んで、台所へ向かった。
「……昔からの癖なんだよな、飲み会の時とか、量が多くて配膳大変そうなの見ると、つい手伝いたくなってさ。あの頃は、お盆三つ同時に運んだりしたもんだが……この身体じゃ腕力もなくなってるし、あんま役には立てないだろうな……」
「……アリス、手伝って来たらどうだ?」
「復活のヨゾラ!」
「ヨゾラお兄ちゃん!」
すかさず声を上げる二人を、夜空はたしなめた。
「まあまあ、主役は何もしなくていいっては言うけどな、主役にこそ、やりたい事をやってもらうべきだと思うんだ。何もできないのは、楽だけど窮屈だろ? 本人が楽しいと思ってる事をやってもらうのが、一番なんじゃないか?」
「そ、それは……」
「アリスは、お手伝い楽しいのです?」
「……嫌いじゃないな、楽しいかどうかと言われれば、楽しい方だと思う」
「ライトちゃん、セナちゃん、わかりましたか?」
「「はい(なのですぅ)……」」
「……じゃ、手伝ってくるよ」
有子はフォークを置くと、立ち上がり台所へ向かった。
「あら、主役が厨房に来ちゃったわ」
オーブンの見張りをしていた似鳥は、有子の姿を見つけると目を丸くした。
「手伝いに来た。二人もお腹が空いているだろう」
「ふふっ、ありがとうね。デザートの前に一回席に着くわ、これが温め終わったら調理も終わりよ」
「アリスは……そうだな、このシャーベットを運んでくれないか、数が多いから往復しなければと思っていたところだ」
「ん、これくらいなら全部運べる、お盆はあるか?」
「えっ? あ、あるにはあるが、一つに全部は入らないぞ? 二つに分けなければ……」
「お盆は二枚あるか?」
「あるわよー。……同時に運ぶの? 大丈夫?」
「中学校の卒業文集に『特技は両手の平に傘を立ててバランスをとる事』って書いたんだ、任せろ」
有子が真顔で言うと、華藍と似鳥は少しの沈黙の後、噴き出した。
「あっはは、なら任せたわ、はいお盆」
「はは、ボクは先に魚料理を置いてくるよ」
「一応コースの順番だからねー」
「よし、久々だから少し練習しておこう」
お盆を両手に乗せバランスを取る有子。似鳥は笑いが止まらない。
「ははは……いやね、アリスちゃんってちょっと気難しい子かと思ってたから、ギャップが……ふふっ、その調子なら、何の問題もないわね」
「ん? ああ……まあ、おまえらとは年の差もあるし、そう見えるのも仕方ないが、今は子供の身体だ、気を使ってくれる必要はない。それに、折角手に入れた二度目の人生だからな、楽しみたいと思っているんだ」
「……そうね、心配しなくても、これから毎日楽しい日々になるわよ、疲れるくらいね」
「ん、期待してるぞ。……そろそろ持っていこうか」
「ええ、お願い」
お盆にシャーベットの入ったカクテルグラスを載せ、両手に持ち、器用に歩き出す有子。
ピピピッ、とオーブンも鳴り、似鳥も準備を始めた。
「五品目、アクアパッツァだ。魚料理も肉料理も大皿で出てくるから、ちゃぶ台の真ん中を空けておいてくれ……随分減っているな、あれだけの量をもう食べたのか……?」
「セナのお腹はまだまだ大丈夫なのですぅ!」
「ふぁふぇもまふぁふぁいうぞ!」
「二人だけで半分くらい食べてますねぇ……無理しないようにとは言ったんですがぁ……」
「「食べたいから食べる、それだけだ(なのですぅ)!」」
「ははは、ニトリの分も残しておいてくれよ」
「よっ、と。六品目、ソルベだな。レモンのシャーベットだそうだ。このタイミングで出るのはデザートではなく口直しとしてだ。次の料理を運んだらニトリも席に着くそうだから、俺も食事を再開しよう……大分減ったな」
「まだまだいけるのですぅ!」
「美味である、もう一杯!」
「ごめんなさいアリスちゃん、二人が止まらなくてぇ……」
「いや、楽しんでいるなら構わねえよ」
席に戻ると、有子も二人に負けず劣らず食事をがっつき始める。華藍は「そうめんが安売りになったらわんこそうめん大会を開こう」と思った。
「はぁい、七品目肉料理、おまちどぉ! ローストビーフよ! さぁ、食った食った!」
商売人のノリで料理を運んできた似鳥も、エプロンを外し席に着く。
「では、改めて乾杯しようか」
華藍の音頭で、各々ジュースを注ぎ足し、グラスを手に持った。
「秋野家にようこそ、アリス。新しい家族に、乾杯!」
『カンパーイ!』
カン、カラランッ……と、ガラスと氷の音が響いた――。
そうして賑やかな時は過ぎ、気づけば大皿には空きが目立っていた。
空になった皿を持ち、似鳥はまた台所へと戻る。まだ一人食べ続ける星凪を除き、全員が丸く膨れたお腹をさすりながら、畳の上で伸びていた。特に星凪に張り合って食べていた月は、完全にグロッキー状態である。
「……まだこれからデザートがやってくるんだぞ……だから食べすぎるなとあれほど……」
「……宴の席は満腹中枢も狂わせるな……」
「つい、勢いで食べちゃったんですよねぇ……」
あはは……と力ない笑いをこぼす風鈴。「運動すれば少しは楽になるかもしれない」と、突然飛び跳ね始める華藍。アルコールなど入っていないのに、茶の間には奇妙な光景が広がっていた。
「……ハメは外し過ぎるな、何事も程々にってこったな……俺も小学生女児の胃の大きさを把握出来てなかった。まあ、いい経験になったよ」
「はーい、こんな状況だけど八品目ー、フルーツ盛り合わせよー」
似鳥が運んできた硝子の器に鎮座するのは、スイカで出来た白鳥。美しい飾り切りの果物達だったが、満腹の今では恐ろしくボリューミィだという感想しか出ない。
「残ったら明日のおやつになるだけだから、気にしないで、食べれるだけでいいわよ」
「……それは食べろという事だな?」
「食べれるだけでいいわよ」
にっこりと微笑む似鳥。パーフェクト自宅警備員は家事の悪魔でもあるのだ。
「残りのデザートとコーヒーは一気に出しちゃうわね。……あたしも張り切りすぎちゃったから、今度からは分量考えて作るわ」
「いや、その分気持ちはよく伝わった。たまにはこういうのも悪くない。楽しかったよ」
「……ふふっ、ありがとう」
人数分のレモンタルトとコーヒーが並ぶ。月と星凪のものにはミルクをどぼどぼと入れ。苦く香ばしい匂いに誘われ少しお腹がへこんだのか、皆フォークへと手を伸ばす。
「……ニトリの料理は魔力を放っているんだ……じゃなきゃこんなに食べられるわけがない……一体何魔術の使い手なのだ……?」
「もきゅもきゅ、まだ最後のプチフルールが残ってるはずなのですぅ、ごくごく……」
いつの間にか調べたようで、星凪が残った料理とタルトを交互に食べながら、フルコースの完成を催促した。
皆の様子を見て悩みながらも、似鳥はもう一度席を立つ。
「流石に明日にしようかと思ってたんだけど、小さいしいけるかもしれないわね」
そうして、十一品目、一口サイズのショートケーキとティラミスが各自に配られた。
「……和室でフルコース、実にちぐはぐで、滑稽だ」
「そうだな、だから面白い」
「ああ、完璧に整ったものではなく、歪みがあるからこそ面白みが生まれる」
「我が家の面子も相当ちぐはぐよ?」
「だから退屈しないのかもしれませんねぇ」
「世界の因果の集いし聖地であるからな……」
「はむ、この街自体が一種の特異点と化しているのですぅ、もぐもぐ、興味深いサンプルなのですぅ」
「……セナの発言は真に受けない方がいいのかどうか」
「適度に聞き流すのが吉だ」
ははは、と小さな笑いに包まれる。ふと、月が欠伸を漏らした。
「……あら、もうこんな時間なのね。そろそろお開きにしましょうか。ライトとフウリンは明日学校でしょう?」
「……あ、まだ宿題してませんでしたぁ!」
「宿題……は、明日する……ふあぁ……」